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交差点 4

「かわいそう」って・・・・・・どういうこと?

 気にしなければいいそのフレーズは、妙に私の頭に残った。
 眩しい日差しに目を細めて、運転に集中しようとする。サイドミラーで後ろから来るバイクを確認し、やり過ごす。

 どう冷静に考えても、彼女たちは、自分に今の境遇を納得させようと言い聞かせている感じがする。

 もともと、好きな仕事を一生懸命こなしていた3人なのだ。
 きっと、何か、ある。
 ご主人から、家にいてほしいと言われたか。お姑さんから、早く孫を、と、釘を刺されたか。

 それがあんな風な、少し攻撃的な、思い詰めた言葉や表情に繋がっている、と、まだ結婚式場に勤め始めて1年と少しの自分であるが、結婚にまつわる様々なことに接点のない独身者よりも、多少の見聞き、経験がある身としては、なんとなく3人の今おかれた現状が分かる。

 だから、気にすることはない。と思う。

 けれど・・・・・・

 女の幸せって、何だろう?仕事?結婚?子育て?どれもこれも、っていうのは、無理なの?

 私は実は、どれもこれも望むことは、不可能ではない・・・・・・と思っている節がある。

 遠くの交差点で、歩行者信号の青色がチカチカと点滅し始めた。そろそろ、流れが止まることだ。私はブレーキを踏む準備を、無意識にする。



 どれもこれも望むことは、ぜいたくだろうか?
 
 非常識だろうか?

 きっと、どれか一つを犠牲にしないと、今の日本での、女性の社会的地位では無理だろうか?

 いや、成し遂げなければ、と思う自分は、はたして野心家なのだろうか。

 職場にも恵まれている。恋人相手にも恵まれている。彼ら、彼女らに囲まれた人生では、全てを幸せに手に入れることは、決して無謀ではない、そんな気がするのだが・・・・・



 信号が黄色に変わり、赤に変わった。
 私はブレーキを踏んで、前の車にならって停止する。

 と、左隣に、小学校の高学年ぐらいの男の子の自転車が並んだ。
 鋭い目つきで、右、左と、注意深く見て、そして、上を見上げて信号機を凝視している。

 ふうん、慎重な子なんだな。高学年ぐらいになると、しっかりしてくるから、交通ルールも守って、偉いよね。

 私はそんなことを考えながら、バックミラーを何気なしに見た。

 もう一台、自転車が近づいてくる。女の子を乗せた女性。

 もしかして、この男の子とは親子かな、そんな直感がした。


 信号が青に変わる。と、隣の男の子は右、左、右、とすごい速さで確認し、猛ダッシュでスタートした。

 思わず目が点になったが、高学年男子のおもしろさに思わずクスっと笑う。

 前の車のスタートが遅いので、私の車の横に、今度は後ろから来た女性が並ぶ形になった。

 彼女を見やって、私はぎょっとした。


 号泣している。


 どうしたの・・・・・・動揺しつつ、車を走らせ、ミラーで後ろを確認すると、もう彼女は自転車を運転することもできないようで、両足を地面につかせ女の子を乗せたままバランスをかろうじてとり、両手で顔を覆って泣いている。


 非常に心が乱れた。気になった。

 ほうっておけない。


 すぐ先に、バス停があった。少し手前で私は車を一時停車させて、走って彼女のもとへ行った。

 「大丈夫ですか?」

 私がそっと声をかけると、その女性ははっとして、顔を上げた。滂沱と涙が流れている。

 「・・・・・大丈夫です、すみません」
 「何か、事故でもあったんですか?」
 私は心配になって、どこか怪我でもしていないか、彼女と後ろの女の子をよく見る。女の子は、きょとんとしたまま、こちらを見ている。

 彼女は、私が事故の心配をしたのが意外だったようで、はっとした顔をし、困ったように笑って見せる。
 「あ、事故とかではないんです、本当にごめんなさい。ちょっと、色んな感情がごちゃ混ぜになっちゃって。更年期ですかね」
 私の方が明らかに年下だからか、彼女は少しおどけるように、ウィットを見せた。
  お互い、クスリと笑い合う。

 先に行っていた男の子のことをふと思い出し、前方を見ると、少し先のほうで、自転車を降りてこちらを見ながら待っている。

 「息子さんですか?心配そうに、待っていますよ」
 私がそう笑って言うと、彼女は真顔になって、目を見開いた。

 しばらく、絶句、という雰囲気で口を開けていたが、
 「待ってくれているんですね」
 と呟いた。

 「ありがとうございます。もう平気。わざわざ降りてきてくれて、ごめんなさいね」
 さっぱりとした顔をして、彼女が自転車に乗りなおした。
 「今行くよ!」
 と、男の子の方へ背伸びして手を大きく振る。

 お気をつけて。バイバイ、と女の子に手を振り、私は車へ急いだ。

 発車させて、もう一度バックミラーを見ると、男の子が辛抱強く、後ろを向いて母親を待っている姿が見えた。


 あの親子には、何かあるのかもしれない。
 ただの親子喧嘩かもしれないし、私なんかには推し量れない何かがあるのかも・・・・・・。

 でも、母親が最後、笑顔でよかった。

 簡単に子育てっていうけれど、言葉では表わせない、それなりの努力が、親には必要なのだな、と、外のうだるうような暑さの中自転車をこぐ彼女を、しばらく私は思い浮かべていた。




 洋輔が、追いついた私をチラッと見上げて、「泣いてるの」と言った。
 「泣いてないよ。待っててくれてありがとね」
 にやっと、照れたように、また口の端で笑うと、自転車にまたがって彼は「行くよ」と言った。

 先ほどの、親切な若い女の人のおかげで、少し気持ちを立て直せた。

 信号が赤に変わる時、きちんと止まって、左右を確認し、辛抱強く信号を見上げた洋輔を目にした時、さっき一瞬でも鬼になった自分を、消し去りたいほど恥じた。

 
 自分の意思がある。感情がある。一人前の、人間として存在する洋輔を、自分の意のままにならないから、と、死んでしまえとまで思う自分が、死んでしまえ。

 一体お前は何様か。人の生き死にを操作できるほどの、神と思っているのか。

 洋輔は、自閉症ではあるが、着実に、信号で止まることができるほどに成長している。

 彼が不憫、と嘆いているのではなく、彼を育てている「自分が」不憫、と、「自分が」「自分が」している、この愚か者め。



 ずっと本当は分かっていた、心の中にはいつもあった、この戒めが、今こそ、とフツフツと湧きあがって、私を罵倒した。

 そして、涙があふれた。哀しいとか、悔しいとか、申し訳ない、とか、そんな感情では片付かない涙だった。


 「心配そうに、待っていますよ」 
 あの女性の言葉に、私は更に絶句した。「人を待つ」行動を、私を心配して待つ行動を、洋輔はすることができるんだね。

 決めつけと思いこみで、彼と接していたことに、更に気づかされる。



 前を見ると、さっきまでのスピードとは明らかに違う、抑え気味な運転をしている洋輔がいた。
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