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転がり込んできたものは



ここ数カ月で、今日ほど「疲れ」を感じた日はない、と、半ば呆れた思いで祥吾は足もとに目を落とす。
 
 スーツのズボンのポケットに両手を突っ込み、いつもの彼より少し速度を落とした歩き方で、会社の地下にある駐車場を1人歩いている。
 このうす暗い照明のもとでは、彼の昼間に見せる、知性と思慮深さに少し野性味を混ぜたようなキレのある表情は、あまりうかがえなかった。

 腕時計に目をやると、もう午後10時を過ぎていた。


 とある企業の、技術職として入社して10年が過ぎ、その間彼はまさに猪突猛進、不屈不撓の精神で自分の技術力を磨いてきた。

 同期たちが数人、激務で疑心暗鬼になり心を折らせていくなか、祥吾は努めて、「人間の心」を忘れないことを自分に言い聞かせ、それでも大きな組織や人間関係の闇の中を足を取られそうにはなりながら、なんとか踏ん張ってきた。

 健全な肉体には健全な精神が宿る。まさにそれを体現するかのように、彼のその姿勢に、周りは答え、結果もついてきた。



 今年に入って、彼は新しい製品の開発チームリーダーに抜擢された。

 やりがいのある大きな仕事だ。未知のモノを作りだすこと自体、ワクワクする。
 
 そのことに加え、たくさんの人材のトップとして自分の限界以上の力を絞り出すことに、祥吾はたまらない充実感を感じながら、日々の膨大な仕事量と向き合ってきた。



 そんな彼でも、やはり壁にはぶつかる。
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交差点 4

「かわいそう」って・・・・・・どういうこと?

 気にしなければいいそのフレーズは、妙に私の頭に残った。
 眩しい日差しに目を細めて、運転に集中しようとする。サイドミラーで後ろから来るバイクを確認し、やり過ごす。

 どう冷静に考えても、彼女たちは、自分に今の境遇を納得させようと言い聞かせている感じがする。

 もともと、好きな仕事を一生懸命こなしていた3人なのだ。
 きっと、何か、ある。
 ご主人から、家にいてほしいと言われたか。お姑さんから、早く孫を、と、釘を刺されたか。

 それがあんな風な、少し攻撃的な、思い詰めた言葉や表情に繋がっている、と、まだ結婚式場に勤め始めて1年と少しの自分であるが、結婚にまつわる様々なことに接点のない独身者よりも、多少の見聞き、経験がある身としては、なんとなく3人の今おかれた現状が分かる。

 だから、気にすることはない。と思う。

 けれど・・・・・・

 女の幸せって、何だろう?仕事?結婚?子育て?どれもこれも、っていうのは、無理なの?

 私は実は、どれもこれも望むことは、不可能ではない・・・・・・と思っている節がある。

 遠くの交差点で、歩行者信号の青色がチカチカと点滅し始めた。そろそろ、流れが止まることだ。私はブレーキを踏む準備を、無意識にする。

交差点 3

道が、少し上り坂になってきた。
 ぜいぜい、と息を吐きながら、5歳児も乗せた重たい自転車を、私は半ば立ちこぎして、必死で洋輔に追いつこうとする。

 まさか、この歳になって立ちこぎするなんて、と我ながら呆れるが、先ほどのヒステリックな叫び声を上げることも、子どもを後ろに乗せて必死で自転車を運転することも、全く恥ずかしさはない。
 きっぱりとした声を出すことは、違う観点から言って、私にはもう恥ずかしがってはいられない、しょうがない事柄でもある。
 洋輔のような自閉のある子には、あいまいに物事を言っても通じないとことがある。
 そのために、具体的に、短く、はっきりした声で。「自転車危ないよ~」ではなく、「スピードを出すと車にぶつかって自分も相手も危ない。ブレーキを使って速度をゆるめなさい」と言う方が伝わる、ということがあるために、私の話し方も、つい、理屈っぽく、冷たくなってきたな、と最近自分でも感じる。

交差点 2

結婚しても仕事は続ける。
 これが、どうして「かわいそう」なの?

 信号が赤に変わり、私はブレーキを踏んで両手をハンドルから離した。
 外は抜けるような青空だが、きっとうだるように暑いのだろう。エアコンの効いた車内にいると、外の様子は全く分からない。
 吹き出し口の向きを少し変えて、顔面に当たっていた風をそらせた。

 昨晩、学生時代の友人3人と久しぶりに会った。独身は私だけで、3人とも昨年から今年にかけてばたばたっと、結婚した。

 彼女たちと電話で話すときから感じていた奇妙な違和感が、実際合って同じ時間を過ごすうちにもっと強まったことに私は気がついた。

 彼女たちの話題に、少しついていけなくなっているのだ。

交差点 1

「そんなにスピード出すと危ないから!」
 私の張り上げた声は、交通量の多い道路の割にはよく響き、こだました。
 「周りを良く見て!スピード出すと危ないって!」
 何かの一つ覚えのように、私は再度張り上げる。
 けれどたぶん、彼の耳にはそのフレーズは一切入っていないし、心にも届いていないはずだ。
 その証拠に、私の自転車の前を行く彼は、周囲を見ることなく、ただ前を向いてどんどんとスピードを上げている。

 「洋輔!」
 ヒステリックにがなりたてた私の声は、7月の乾燥し切った深い青空に、むなしく吸い込まれていった。
 次の瞬間、洋輔がハンドルを離さないままチラリと後ろの私を横目で見た。
 そしてまた、前を見て一心不乱に自転車をこぐ。

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